創作怪談 影

 【一. 縁結び】

   奈月一弥(なつきかずや)の十三回めの誕生日はいつもと違っていた。とはいっても誕生日は毎年同じ日にくるもの…奈月の誕生日もいつもどおり夏の終わりにやってきて、いつもどおりみんなにお祝いされて、いつもどおりプレゼントをもらった。それならなにも違うことなんてない…ところが、奈月の十三歳の誕生日は確かにいつもと違っていた。彼はこの日を境にある怪事件に巻き込まれることになったから…今回は、そんな話をします。


「あ、今日も居る…」 その黒い影をはじめて見たのは、夏休み明けの登校初日のことだった。ついこの間誕生日プレゼントをもらってすっかりご機嫌だった奈月は、読みたかった本を借りに図書室に行くと、窓際の席にポツンと誰か座っているのが見えた。 他の生徒かな?それとも先生?なんて思ったけど、その人…には目も鼻も口もない、まるで黒い煙が人の形をしているかのように真っ黒だった。それ以来見えるようになった…というより付きまとわれるようになったんだけど……放課後の夕暮れの教室…帰り道の曲がり角…食事中の窓の向こうなんかにその黒い影は現れて…だけど何をするでもなく、ただそこに居るだけだったから、一体オレに付きまとって何がしたいのか?と奈月は気にはしていたけど、対して知りたいとも思っていなかった。つまりどうでもいいことだったんだ、そのときまでは……

ふぅん…お前が昼休みに言っていた黒い影。たしかに今、此処に居るんだな?」

ある日の放課後、奈月は友達の中川と二人で図書室にいた。例の黒い影は奈月らと同じテーブルの少し離れた席に座っている。 中川に話しても、予想どおり話半分に聞いて相手にされなかった。それはそうだ。実際にこの目で見ているオレにだってあの黒い影が何なのか分からないんだから

「でもさ、それって幽霊なんじゃないの?」

「………は?」 奈月は目を丸くさせて中川を見た。

「何だよ?」

「いや…君は幽霊なんて信じてるのかな…って」

「幽霊としか思えないだろそんなの!オレには何も見えないんだから!」

「………」 奈月はそう言われると何も言い返せなかった。ってことは、あれはオレにしか見えないのか…じゃあ、やっぱり幽霊なのかな?

「でも…幽霊とは違う気がするけど……」

「いいよ別に何でも!そんなことオレに関係ないし!」

「あ、ちょっと…」

中川は怒って先に昇降口のほうへ行ってしまった。

「………」

シンと静まりかえる放課後の図書室は、何故かさっきより怖く感じた。

か、帰ろっか… そう思った瞬間

『また明日』

と声がした。えっ!?と振り返ると、もちろんそこには誰も居ない。さっきまで座ってたはずの黒い影も消えてて、代わりに図書室のその席には一冊の本が置いてあるのが見えた。

あれ……あんな本さっきはあったかな?

 奈月はおそるおそる近づいてその本を手に取った。 「銀河の歴史」という名前のその本は、もう何十年も昔の本のようだった。

「これって……?」

キィィィンコォォォンカァァァンコォォォン

「おい、何してんだ?」

見回りの先生だ。

「! あ、先生…あの… (この本って?)」

「何だ?もう図書室のカギをかけるから明日にしなさい」


奈月は先生に追い出されるように図書室を出たが、そのとき思わず、本をカバンの中に入れて持ち帰ってしまった。それがある怪異との、縁結びの契約だと気づかないまま…


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


【二.記憶再生】

   それほど大きくない町のなかを、誰かが救急車で運ばれている。福山雅樹(ふくやままさき)がそれを会社の屋上から眺めていたのは、夕方17時を過ぎた頃だった。

「三十八歳 男性 意識あり 独身、残業代無し」

 救急隊員の真似をしてそんなことを言って笑っていたけど、虚しくなって小さくため息をついた。サイレンの音はだんだん遠くなっていく。

「まぁ俺には関係ねーしな」

そう言うとコーヒーの空き缶をゴミ箱に投げて捨てた。

福山雅樹が夏を嫌いになったのは、社会人になってからだろうか?

十八歳のときにこの会社に就いて以来、彼にとって夏はただ暑いだけの季節になったから

夏休みなんてせいぜい二日…大した思い出なんてなく、二年目にはこの季節が来るのが嫌になっていた。 とはいえもう二十年も残ることになったのは、他に行くあてもなかったし、ここに居れば他のことに関わらないで済むからだった。こんな会社に居る理由はそのくらいで充分だろう…と福山は思っていた。

そのとき、またサイレンの音が聞こえてきた。さっきの救急車が戻ってきたのか……

「ん?何かおかしいな…?」 福山はある小さな違和感に気づいた。

「あぁ あの時計、さっきから時間進んでないな 電池切れか?」

屋上の出入り口の上に掛かってる時計はさっきと同じ、夕方17時を少し過ぎた時刻を差していた。

「………」

それはいつもの福山ならどうでもいい些細なことだったが、その電池切れの時計を見ていると、何故だか福山は酷い嫌悪感を覚え、粉々に破壊してやりたい衝動にかられた。

「壊したい…壊さないと……」

『どうしてそう思うの?』

「……分からない。でもそうしないといけない気がして…何か大変なことが……」

まるで夢遊病のようにフラフラと歩き呟く福山だったが、すぐにハッと我にかえった。

「えっ…だ、誰だいまの…?誰か居るのか!?」

屋上のまわりを見渡してもそこには誰も居なかった。

サイレンの音はまだ聞こえ、時計の針は動かない…

何か変だこの場所

そう気付いたときにはもう遅かった。福山には霊感なんて無いがそんなことは関係なく、これ以上ここに居たくない ここはいつもの屋上じゃないということは分かった。

「ああクソッ!わけ分かんねえ 」

福山は猫のように逃げ出しドアを開けようとしたが、ドアは全く開かなかった。

そんな馬鹿な!さっき来たときは開いたのに… まさか、閉じ込められたのか?

そう思うと福山はパニックになり、ドアをドンドン叩いて脱出しようとするが、やはりドアは開かない。

一体何がどうしてこんなことになっているのか……

屋上のドアを開けたら閉じ込められて死ぬ…そんな理不尽なことあるか!

だが福山はそんな理不尽に覚えがあった。そうだ…あれは小学生の頃の夏休み…友達と家の近くの公園で遊んでいたら、年下の知らない子が投げた野球ボールが茂みのなかに転がったことがあった。取ってあげようと手を伸ばしたら、茂みの中にスズメバチの巣があって、それをボールと間違えてつかんだ瞬間ブスッ!と刺されて… その後すぐに親に連れられて病院に行ったけど、手は見たことないくらいパンパンに腫れたから、このまま死ぬんじゃないかと怖くなって何日も震え上がっていた……

ああ、そんなこともあったなと福山は思い出した。だから夏なんて嫌いだ。よくないことしか起きないんだからな……だけど…

いまこのとき、福山の前に居るのはスズメバチではなかった。

「………?」


ふふ… あはは……  どうして……なかったろう……


《どうしてギルちやんぼくたちのことみなかつたらう

  忘れたらうかあんなにいつしよにあそんだのに》


「……エッ…な、なんだ!?」

さっきまで会社の屋上だった景色は、ガラリと変わっていた。

そこは、どこかの学校の教室のようだった。

「これは…?」

福山はその教室の真ん中で立ち尽くし、呆然としていた。

ここが異様なことはすぐに分かった。

他に誰も居ないハズなのに、さっきから自分の周りを誰かが歩いてる足音がするし、子供の笑い声も聞こえたから……

すぐ横の席には誰かが座って…いや、違う

ズラリと並んだ机の一つ一つに生徒が座っていて、黒板の前には教師が立っている、その気配さえ感じた。

ここは…授業中の教室なのか? ああ、そうだ…そうに違いない

なのに誰の姿も見えないのはどういうことなんだ?


浅い夢をみているようだ……

教室の壁をカブト虫が登っている

季節は夏…

誰が何のためにこんなことをしているのか?

これは現実?分からない

だけどこの景色、何だか見たことあるような…?


「何か、あったかな…夏の日に……」


もしもこの景色が一枚の絵だったら、その絵には「穏やかな夏の日」なんて名前が付いただろうか。こんな日なら福山も夏を好きになれたかもしれない 

だがその景色はもうない…


『時間切れだよ』

「!」

キィィィンコォォォンカァァァンコォォォン


学校のチャイムが鳴り響く。それは夕方17時を報せるチャイムのようだ

空は夕焼けのオレンジ色が青空と混じっている…

「あ、れ…?」

教室の中がさっきまでと違い、シンと静かになっていた

「なんだ?ここはさっきとまた別の教室…?」いや、同じ…


その瞬間福山の体はグニャリと折れ曲がって教室の床に倒れ込んだ。

口のなかいっぱいに腐った蛙の、死骸の匂いがした

急激な目眩と吐き気に襲われて立っていられなくなり、彼は口もとを両手で抑えるが、全身から汗が止まらず、意識が朦朧とする  息をすることさえ苦痛に感じた。

 

「……ッハァ…ハァ…お…まえ……は…」


教室の真ん中には、真っ赤な血だまりができていた。 

そうだ…これは…血の匂い……

倒れている彼の前に誰かが立っている


『ねぇ 僕のこと思い出した?』

「………」

おまえ…どうして…

あのとき………


『赤い色ッてさ 綺麗ダヨネ?』

その声の主は笑いながら尋ねた。

「………」

『そう…まだやっぱり不完全のようだね 僕も君も でも大丈夫。近いうちに縁結びに会えるから』

  

不完全… 縁結び… 何のことだ……

『またね』


声の主は煙みたいに消えていった。

「………う…んん…」

福山雅樹が目を覚ますと、そこはさっきと同じ会社の屋上だった。時刻は夕方の17時過ぎ…

「いまのは……」

シャツは汗で濡れていた。目眩も吐き気も治まっていて、すぐに起き上がれたが、あの嫌な血の匂いだけはまだ少しだけ残っていた 

夢にしてはあまりにもリアル過ぎる……

夢、だったのか…?いや違う……あれは…

でも、もしそうだとしたら 

「あいつのこと…どうしていままで忘れてたんだ?」


それは25年前に起きた、夏の日のある出来事

止まっていた時計は再び動き出していた。



【幻灯】
時刻は真夜中の二時…ここは奈月一弥の通う中学校
こんな時間には誰も居ないハズだが、真っ暗な学校の図書室から、不気味な低い音が響いていた。
ーおまえの魂… わたしの魂…
亡霊たちは自らの魂を賭けて遊んでいるようだ
迷い込んだ野良犬はそれを見てギョッとした。

ヒソヒソヒソヒソ…ヒソヒソ…ヒソヒソ
隅には敗れし猫の一族が、何匹か集まって何かを話している

ーああなってはもう駄目だ…もはや手に負えぬ
    アレは我らと違う××××××ぬ
ーおまえは知っている… いや わたしが知っている
    哀れだ 自分が何者かすらヒソヒソヒソヒソ…だが縁結びが導かれたか  それは良かった
ーシッ 誰だここに犬を連れてきたのは ああ 迷い犬 そうか……オイ!いま何と言った
    縁結びだと?  アレと契る人間が居るというのか

猫たちはザワザワと騒ぎ出した

犬!ここに犬が居るだって?どこだどこだ? 念仏を唱えよ 奇怪!奇怪!
だが黙れ、問題はない。
  
ーおまえたち、知っているな? アレは何者だ
   知っている アレは…病熱孕み(ビョウネツハラミ)だ 空から落ちてきた魔物…哀れだ
ーそうか やはりアレは我らの手に負えぬ
   縁結びが十三の座に成った アレの時が動いた もう地上に落ちたぞ
ーどうして人間にそのようなことができる?
    哀れだ………

  亡霊たちは朝が来る前にみんな消えていた。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆


【三.侵食する噂】
 奈月一弥は理科の先生が少し苦手だった。笑った顔を一度もみたことがなかったから…  だけどその先生は男女問わず生徒から人気があり、慕われていたから、奈月にはそれが不思議なもののように感じた。
 そんな理科の先生がこの前、奇妙な体験をしたらしい

『あ、もしもし!突然すみません 私は梅星中学で教師をしている、島田と言います。あの~もうご存じかと思いますが、昨日からこちらの男子生徒が一人、行方不明になっておりまして…はい!もし何かありましたら、至急ご連絡ください』

理科の先生が職員室で休憩していると、そんな電話がかかってきたという…
梅星中学? ああ、確かに隣の地区にあるな…生徒が行方不明だって?
理科の先生は慌てて警察に報せようとしたが… でも、おかしいことに気付く。その中学はもうずっと昔に廃校になっていて、いまは校舎が残っているだけだったから…電話なんてかかってくるハズがない。
その島田という教師が本当に居るかは分からないが、たぶんイタズラ電話だろう
と、理科の先生は数人の生徒に話したとか。それが学校中に広まるのに時間はかからなかった。
生徒たちの間で注目されたのは、「島田」が何者なのかについてだった。
島田は幽霊で、廃校になった梅星中学でいまも教師を続けている…という島田幽霊派が優勢だが、島田は生きている人間で、逃亡中の犯罪者という派も多かった。
噂はどんどん変化していったが、あまりに白熱し過ぎたためか、教師側からストップがかけられ、最終的には梅星中の一年B組の教室には、野犬に噛まれて死んだ男子生徒の霊が出る。ということで収束していった。
その後も物好きな生徒の何人かは集まって話し合っているようだけど、そのうちの一人は奈月の友達の中川だった。 
ある日の放課後…
「お前らなぁ…まーだその話してんのか? 」担任の先生が呆れ気味に言った。
「あ、先生」
「ったく…まぁ話すだけならいいけどな、梅星中学には行くなよ?」
「えっ、どうして…?」
「…いや、何でもない。 まぁ行ったって何も無いからな」
「何もないって…どういうことですか?」
「だってお前ら見たことないだろ?幽霊話で盛り上がんのはいいが、ただの作り話を信じたって仕方ねぇからな…」
「そ、それじゃ理科の先生が嘘をついてたってことですか?!」
「……そうは言ってねえよ。ただあんまり面倒事は起こすなってことさ。お前らに何かあったら俺の責任だからな」
「えっ先生は自分の考えしか認めないんですか? 僕らの意見は聞かないんですか?」
「分かった分かった。それよりもう下校時間は過ぎてるからな、その話はまた今度聞かせてくれ。」
「もういいです!さよなら!」
中川たちのグループの一人が怒って教室を出ていったところでこの場はお開きとなった。
「………」
自分の席で本を読みながらいままでの話を聞いていた奈月は、そういえば今日はまだあの黒い影を見ていないな…と、はたと気づいた。
先生の言うとおり、幽霊なんて誰も見たことないんだから…
やっぱりただの作り話なのかな?
だとしたらあの影もただの見間違い…?
ううん違う! あの影はオレの周りに何度も現れたんだから…
それにもしも作り話だとしたら、この本はどういうことなの?
奈月は昨日図書室の机に置かれていた本「銀河の歴史」を読んでいた。

この本に何かあるのかな…?
あの影はもしかしたら、何かオレに伝えようとしているんじゃ…?
もしそうなら、何を伝えたいの?…教えて………
「………オイ!」 先生の声で奈月はハッと驚く。
「え、あ…先生」
「なぁにボーッとしてんだよ?頼むぜ、奈月まであんな話に熱出してたら、アイツら止めるやつが居なくなっちまうからな……ホラ、お前も早く帰んな」
「…あっバス!」
奈月は本をカバンの中にしまうと、バスの時間が迫ってることに慌てて教室を飛び出した。

何だかんだ言っても奈月は夏という季節が好きだった。嫌いになる理由がないから
そうだよ、夏にはどんなことだって起きるんだから 幽霊くらい出たっていいでしょ
夏なんだし

息を切らしながらバス停まで走ると、友達の中川が一人でベンチに座っていた。
もうバスは行ってしまったようだ
「よっ 遅かったな」
「………あれ?…他のみんなは?」
「さっきのバスに乗ってった」
「…一緒に帰らなかったの?」
「まぁな」
次のバスが来るのは夕方十八時三十分…あと一時間以上あるのに
「変なの」
「何が?」
キミはよほどの暇人かお人好しだ、と奈月は思った。
普段は調子がよく、何でもハッキリ言うタイプなのに、意外と気を遣うんだから…

「ううん…夏ってやっぱりいいなーって思っただけ」
「…?」
奈月と中川はそんな話をしながら二人で次のバスを待つことにした。








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